長期旅行に関するジェネレーションギャップ
先日日本に帰ってきたわけだが、やっぱり居心地が悪く感じる。いきなり隣の人に話しかけるなんてことがこの国ではできない。長期旅行をしていると、普通に隣の人に話しかけることが多い。そして、日本が寒いことがさらに居心地を悪くする。
そういえば、下川さんの書籍について感じる違和感についてわかった。まだまだ外こもりについて引っ張るよ。違和感というのは、件名に書いたように「長期旅行に関するジェネレーションギャップ」のことだ。「日本を降りる若者たち」を再びパラパラと読んでみたのだが、根本となる考えが同意できないことに気づいた。それは、例えば、以下のもの。
昔の日本人バックパッカーが、格安航空券ビジネスやゲストハウスなどの仕事を日本に適用していくことから。。。
海外で自分の将来の仕事をみつけていく。それはいまから思うと、きらきら光るほど健全な時代だった。
旅のスタイルを見ても、彼らは健全さを留めていたように思う。この頃、僕もバックパッカーの仲間入りをしているから、そのあたりの感覚はよくわかる。こういう旅を経験した人ならわかると思うが、ひとつの街に辿り着き、二日、三日と滞在していると、その街の居場所がどんどんよくなってくる。気に入った安宿もみつかるし、安くてうまい食堂の場所もわかってくる。この街にいれば、安穏とした日々がすぎるのだ。しかしそんな毎日は旅ではなかった。ある夜、
「これではいけない」
と自分を奮い立たせザックに荷物を詰めるのである。翌朝は早めに起き。。。snip。。。なぜ、そこまで旅にこだわっていたのかといえば、「旅をしているから認められる」という一線があったような気がする。誰に見られているわけでもないのだが、どこか旅に出て見聞を広めるという、周囲へのいいわけのようなものにまだ縛られていたとも思うのだ。同じ世代の日本人は、汗水垂らして働いているのに、自分はただ気まぐれな旅をしている。その後ろめたさが、旅をするという一点だけで許されるような気になっていたのではないだろうか。
pp14-15
健全な旅とか、後ろめたさとか、そういった気持ちが共有できないのだよ。特に「旅をしているから認められる」なんて意味不明。(嫌な仕事を)汗水垂らして働くなんて、どう考えても嫌だ。
つまり、旅をしているときに自分の国でせっせと働いている人のことを考えるなんて理解不能なんだよ。そんなことを考えるくらいなら、どんな楽しい時間を過ごそうか、と考えた方がよっぽど有意義だ。最近の私のテーマは、一生懸命楽しい人生を送ることなので、さらにタイムリー、
そのうちに、彼は印刷会社の営業マンと衝突するようにあった。…snip…
「そんなこともわからないんですか」
二十歳そこそこの学生が、四十歳近い営業マンにきつい言葉を浴びせた。それは傍で聞いていてもはらはらするほどだった。
一度、そんな対応を巡って君と話をしたことがある彼は頑として受けつけなかった。彼のいっていることは正しかったが、皆が手探りでコンピュータというものを扱っている以上、それは致し方ないことではないか。。。僕等がそう諭しても、彼は、
「印刷会社の勉強不足ですよ」
と繰り返すだけだった。
…snip…
社会に出れば、自分の思うようにいかないことはいくらもある。若いときはそれをなかなか受け入れられないのかもしれないが、人と人がかかわって仕事をしていく以上、呑み込まなければいけないものもある。
pp28-29
いや、それは勉強不足だと思いまっする。新入社員が言うならまだしも、四十歳近い中堅社員だろ?その歳なら、プロフェッショナルとしてやってくれ。もし、わからないのであれば、恥を捨てても素直に教えてください、と言えばいいのではないか。もちろん正しいことを言ったり行ったりすることが、生活をしていくで、障害となることはあるとは思うし、人とかかわって仕事をしていくということは、トゲトゲしていてはいけないこともある。うーん。ここは難しいな。私も、下川さんと同じく、世渡り術を身に着ける必要がある、とは思う。でも、できない上司はどんどん落とすべきだと思う。
こうやって振り返って読んでみると、下川さんは、次のような人であるということがわかる。「厳しい日本社会」を生き抜くために、仕事はつらいことがあってもがんばってきた。人間関係における世渡り術は身に着けて生きてきた。
何がいいたいか、と言うと、この考えがそもそものスタート地点で違うのである。「厳しい日本社会」が全てではない、と考えるのが私のスタート地点であり、もし上司が馬鹿なら、そんな上司の機嫌を取るなんて意味がない、と考えているのだ。逆にそんな上司はサッサとリストラされてしまえ、と思うくらいだ。この働くことに関する意識や長期旅行についてジェネレーションギャップがあるために、この書籍には違和感を感じていたのだ。
おそらく当時の日本は高度成長期であったことが、このジェネレーションギャップを生み出したきっかけの一つなのかもしれない。つまり、当時日本でせっせと働いていた人たちは、日本の経済成長に貢献していたのだ。当時の日本を知っているわけではないが、このせっせと働くことにより日本が日本国民が幸せに向かっていたのだ。
ところが、今はどうだ?日本でせっせと働いたら幸せになれるか?そんなことはない。できる人にはどんどん仕事が降っていき、下手すりゃ死んじまう。それに年功序列が邪魔をする。仕事ができなくても過去の栄光を威張る年寄りに敬意を払って仕事をしなければ、社会人としてお前はアウトだと避難される。日本の経済成長に関しては、高度成長では全くなく、完全に落ち目だ。
さて、前回の旅行では、オランダ人が多いなぁと思っていたけど、今回の旅行ではスウェーデン人とノルウェー人がすごく多いことに気づいた。少なくとも現状においては北欧の国々は、社会として成功していると言われている。そこの人たちがこんなに長期旅行に来ているのは、その成功と何か理由があるのかもしれないぜ。そして、長期で休みをとってこうやって旅行をしている彼らの人生を見て、本当にいい環境だなと思ったし、日本円は弱くなってきているな、と痛感している。
うーん。そうなんだよねぇ。日本は、明らかに経済的に負けているんだよ。今後はもっと負けるかもしれない。そうなると、日本で厳しい社会で生きていく必要なんてなくなると思うんだよね。結局、日本で稼いでもイマイチ儲からないなら、他の国で稼いだ方がいいと思うから。
そして、今回の外こもり開発合宿では、フランス人のオッサンとオーストラリア人のニーチャンと仲良くなった。そして、日本で仕事をすることについてフランス人のオッサンに激しく説教をされた。
オッサン:
私:
オッサン:
私:
オッサン:
私:
オッサン:
ニーチャン:
私:
オッサン:
私:
とgdgdになったところで、そのフランス人の元愛人らしき人が乱入してきて修羅場となる。少し私も被害を受けた。ヒステリックっていうのは怖いと再確認した。物投げ放題。私は全く関係ないのに。一気に酔いが覚めたよ。。。
「厳しい日本社会」でガンガレとか言っている社会とは大違いだ。でも、貯金はある程度必要だと思うんだけどなぁ。そして私は、結局踏み切れずに、日本に帰ってきていたりするわけだ。


お邪魔します。
>>旅をしているときに自分の国でせっせと働いている人のことを考えるなんて理解不能なんだよ。
確かにその通りで理解する事は無理ですよね。日本で働いている人を想像する事はできても。
多分、下川氏の方が鬱的思考で、真面目で、日本社会に唾を吐かないような文章表現なのでは?と思います。姿勢が出版社で働いている人に寄りかかってるというか。つまり日本社会への謙虚。
あと年配フランス人男性との会話、つまり外国人の人と会話する歳に日本的な敬語を使う必要が無く、まるで同級生と話してるようで気が楽だなぁ・・・って側面ないですか?
いや、私がそう感じるので(笑
失礼っ